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「霞が関の女王」を現代の技術で再現 Vol.020 重要文化財 法務省旧本館(中央合同庁舎第6号館赤れんが棟)

霞が関の女王

日本の中枢を担う各省庁が集まる霞が関。
その霞が関において、「桜田門外の変」で歴史的にも有名な皇居桜田門の目前に、美しい赤煉瓦づくりの威容を見せているのが、『法務省赤れんが棟』です。

今回は、伝統的な明治の建築を現在に蘇らせた大成建設の仕事をご紹介しましょう。

外観

外観

赤れんが棟誕生!

ドイツ・ネオバロック様式の司法省(現 法務省)庁舎は、ドイツのエンデとベックマンという2人の建築家によって設計され、1895年(明治28年)に完成しました。

この2人の建築家がドイツから招聘されたのは、当時、明治政府が近代国家としての体制を整えるために「官庁集中計画」を進めており、その計画案の策定のためでした。

波乱の歴史をくぐり抜けて・・・

この司法省庁舎(赤れんが棟)は、関東地方に甚大な被害をもたらした1923年(大正12年)の関東大震災にも耐えましたが、1945年(昭和20年)3月の東京大空襲によって、煉瓦壁と煉瓦床を残して焼失してしまいました。

昭和の改修で復旧

1948年(昭和23年)、大成建設が改修工事を担当し、廃墟のようになった赤れんが棟が復旧されることとなりました。
終戦後の物資に乏しい時代であり、現場ではさまざまな工夫が凝らされました。

建物自体を3階建てから2階建てに変更し、焼け残った煉瓦壁の上部2mを解体しました。そしてその解体した煉瓦を新設する間仕切り壁に転用するなど、徹底したリサイクルが行われました。
また屋根の素材も天然スレートから瓦葺きに変えられました。
1950年(昭和25年)に改修工事は完了し、その後、法務省の本館として使用され続けました。

平成の改修

画像 昭和の改修後、経年使用により老朽化が進んだため、現在の耐震耐火性能の基準を満たした上で、外観を建設当時の姿に再現し長く保存されることが決定されました。

発注者でもあり設計および監理にあたる建設省(現:国交省)大臣官房官庁営繕部、監修には建築史の専門家でもある東大名誉教授の村松貞次郎氏、そして施工担当である大成建設 他2社によって赤れんが棟改修プロジェクトがスタートしました。

煉瓦壁を保存している

煉瓦壁を保存している

今回のプロジェクトでは、明治に建設された当初の外観に戻し、内部は法務図書館や法務総合研究所、展示室にするということになりました。

外観上のポイント それは「屋根」

特に外観のポイントは屋根です。
昭和の改修により、屋根は緩やかな勾配(五寸勾配)の瓦屋根になっていました。

屋根の素材 天然スレート

屋根の素材 天然スレート

これを平成の改修では、明治創建当時の急な勾配(7寸勾配:35度)の天然スレート葺きに復原することとなりました。
これにより路上を歩く人からも屋根が良く見えるようになりました。

復原するとはいっても・・・

ところが、復原保存するといっても、手がかりとなる明治創建当時の図面は24枚と大変少なく、細かいところでわからないことが多かったといいます。当時の写真もいくつかは残っていましたが、復原予定の内部の写真は1枚しか存在していませんでした。

改修工事の作業所長であり、施工責任者だった井上正樹氏(大成建設)は「戦後の復旧工事では現場でつくった箇所も多く、図面上には書かれていないことがたくさんある。」と語っています。
従って、資料が少ない分、現存建物の調査が重要でした。

傷だらけの病人を何とかしたい!

「煉瓦壁とのつきあいは、傷だらけの病人と接するような感じ・・・」「とにかく調査なくしては一歩も前進しなかった」
と井上所長は語っています。

そして平成の改修工事で最も神経を使ったのは補強工事中の建物崩壊の危険性をいかに回避するかということだったそうです。

井上所長は「建物を解体する過程で、明治時代の様々な補強を発見した」と言います。

例えば、各階の床レベルの煉瓦壁内には、フラットバーが取り付けてあり、また壁の交点は丸鋼棒で補強を、またスパンの短い部分にはレールやI ビームを梁に使用し、煉瓦を圧縮力で持たせる構法を採用しています。これにより関東大震災に耐えることを可能としたと言えます。過去の知恵を感じますね!

煉瓦を補強

煉瓦を補強

しかし現状では、地震時に応力の集中する煉瓦壁では煉瓦壁体の許容応力度を超えてしまうことが分かり、その部分は補強を行うことになりました。壁量の不足している厚さには、18cmのコンクリートの壁を抱かせました。

現存する創建当時のれんが壁

現存する創建当時のれんが壁

工事中の安全に最も気を使わなければならない時期に震度3〜4の地震を4回ほど経験しましたが、建物全体の強度と剛性をバランスよく高めながら補強工事を進めていく方針がとられました。

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