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東京オリンピックに向け、東洋一のホテル建設に挑む。 Vol.010 ホテルニューオータニ

集約された最新技術
完成当時の様子

完成当時の様子

外資系ホテルなど多くのホテルが乱立する昨今、千代田区紀尾井町にある「ホテルニューオータニ」は今も昔も誰もが知っているホテルです。
現在、全客室数1533室。400年の歴史を持つ緑豊かな「日本庭園」もあり、「ショッピングアーケード」「美術館」などの施設も備えています。どのような経緯でこのホテルは建設されたのでしょうか?

1962年(昭和37年)、東京オリンピック開催まであと2年とせまり、日本中がオリンピック開催に沸きあがる中、オリンピック委員会と政府は、1日約3万人が訪れると予想される外国人客の受入れ施設をどうするか頭を悩ませていました。
建設大臣と東京都知事が資産家達にホテル建設を打診しますが、尻込みされる中、都心に広大な土地をもつ鉄鋼王大谷米太郎氏がこの話を受けることとなりました。
そして大谷氏よりホテル建設を依頼されたのが大成建設でした。

着工から完成までの期間わずか1年半足らずで東洋一のホテルを完成させたのです。
現場総監督である大成建設・竹波正洪の指揮のもと完成した「ホテルニューオータニ」は、直径45mにも及ぶ回転ラウンジを備えるなど特徴的な姿だけではなく、後の高層ビル建設の原点とも言われる、当時の「世界初」「最新」の技術が盛り込まれています。

完成当時のホテルニューオータニ

完成当時のホテルニューオータニ

わずか1年半で誕生した巨大ホテル
着工当時の様子

着工当時の様子

1,000室を超える客室数を誇る「ホテルニューオータニ」。3年はかかると思われる巨大建築物がわずか1年半で完成したといっても信じられるでしょうか?

工事の様子

工事の様子

着工時に引かれていた図面は平面図1枚のみでした。通常この規模であれば、200枚にも及ぶ設計図を工事着工前に6ヶ月間かけて準備します。しかし、時間がないため、大成建設の設計者30名が現場に召集され、基礎工事が行われる中、現場で同時進行で図面が制作されました。

また、遅れが許されない現場では100個の投光器をかき集め鉄骨の組み上げを24時間突貫で行うことを決定。昼夜問わず作業員が行き交い、最新の理論・工法を駆使してわずか1年半で完成まで漕ぎつけたのです。

新宿の超高層ビル群にも利用される「柔構造理論」
工事の様子

工事の様子

当時東京では関東大震災の教訓から、建物の高さは100尺(10階以下)と制限されていました。しかし17階建という計画のため、新たに取入れられたのが「柔構造理論」。これは地震と共に揺れることにより、地震の破壊パワーを最小化するという発想から生まれた耐震理論です。従来の工法では法規制によって10階以上の建物の建設が不可能だった日本の建築において、画期的な理論でした。

これは、後の新宿にそびえる超高層ビル群にも次々に利用され、地震大国日本の高層建築に飛躍的な進歩をもたらしたのです。しかし、この構造を導入するにあたり、使用する建築材料の軽量化という新たな課題が突きつけられました。

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